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be Blog Vol.25【震災から3年】

be Blog Vol.25【震災から3年】

東日本大震災から3年が経ちました。「まだ」でもあり「もう」でもあり、立場、環境により思いはそれぞれあると思います。

 

時が止まってしまった方が多くいらっしゃり、まだ見つかっていない方もいます。

昨夜「震災」を振り返る番組を各局でやってました。
胸がなんだか、ぎゅってしめつけられました。

忘れてはいないけれども、忘れがちな3年だったのではないかと自問自答しました。。。

今の会社に入社する前、人生を振り返りいろいろ考えた末に職活動を始めた頃、震災が起きたんです。
当時は半休、フレックスを使いボランティアなどをやっていました。

震災の時には、定年で仕事を退職した恩師が始めたパン屋さんをお手伝いしてました。
旗揚げから関わり、模索しながらなんとかやってました。

全国にチェーン店を展開してお店で『スワンベーカリー』といいます。「おいしい焼きたてパンの店」1号店は1998年に銀座にオープンしました。

「障がいのある人もない人も、共に働き、共に生きていく社会の実現」をモットーに宅急便の生みの親「故・小倉理事長」がヤマト福祉財団とヤマトホールディングス株式会社と共に設立した会社です。

先生の持ちビルの1階にオープンしたパン屋さんには障がいを持った6-7人の方が勤務されていて、先生と私の2人で半々で、教えては確認をし見守るようなことを繰り返してました。相手は大人で、かつ自分よりも歳上の方で最初はとまどったりもしました。人によって症状は違うので、その幅が広く、健常者と同じような方もいました。

明るい人もいれば、人と話すことが出来ない人もいて、教えるにあたりひとりひとりをケアする感じでした。
勤務しているとはいえ施設でお預かりしているという感じです。

あの日の14:46の地震では大きく揺れ、ラックなどが倒れてきそうで危なかったので全員を外に出しましたが、一人腰を抜かしてしまった男性がいて、その時は自分一人でなんとかしなければならず、火事場の底力でなんとか脱出できました。
出るもんですね。力って。。。

泣き出してしまう人もいたり、とても繊細でやはりどこか健常者とは違うんだなと後から思いました。事故でも災害時でも一瞬の判断力が大切だと思います。

当日働いていた全員ご家族に引き渡し、私は先生のおうちに泊めていただきました。
お店は閉めていましたが、外をうろうろしている妊婦さんが見え、声をかけるとたまたま今日だけ東京に遊びに来ていたが電車は止まりホテルはいっぱいで、休む所もなく困ってるとのことでしたので、先生に確認をして、一緒に泊まりました。夜中に旦那さんがとても心配をされて、なんと車で名古屋からお迎えに来てくれました。彼女はきっと安心されただろうなと思います。

東京は電車が止まったりと一部を除いて生死に関わるほどではありませんでしたが、帰れない人があふれ、新宿のアルタ前の通りには車と人とバイクと自転車がまったく動かない状態で、落ち着いてはいるけれども危険な状態で道を埋め尽くしていました。

震災から3年経ち、復興もまだまだ出来ず、辛い日々を過ごしている方々もいる中、忘れてしまってはならないし、20年以内に大きな地震が関東に来る可能性も高く、気を引き締めないといけないと思いました。

東北へいつか訪れようと思いながらも3年が経ってしまい、今年は自分の目で訪れて現状を自分の目で確認をしたいと思いました。訪れることで少しでも復興の何かプラスになることにでもなればと思います。宮城の牡蠣が入荷されるまで、どこの牡蠣も食べずに待っていたので、買うことで応援を続けて行きたいなとも思いました。

多くの方々のこころの傷が少しでも癒えることを願います。
今までの生活が少しでも早く取り戻せるように願います。


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